2026年03月03日 │ お葬式の情報
お葬式は誰のためのものか
平成30年、私は姉を亡くしました。
姉は、小学3年生の長男から2歳の四男まで、4人の子どもの母親でした。
東京で治療を続けながら、
「必ず治る」と信じて、息子たちのために懸命に闘っていました。
私たち家族も、覚悟はしていたつもりでしたが、
まだ時間はあるものだと、どこかで思っていたのだと思います。
たまたま、私と母で姉のもとを訪ねた日、
姉の容体は急変しました。
ご主人と4人の子どもたちを残し、
姉は45歳で旅立ちました。
最期の時間には、姉の家族、私の両親、妹が駆けつけることができました。
病院の先生や看護師さんが気を配ってくださり、
家族だけで過ごす静かな時間を用意してくださいました。
姉は、最後の力を振り絞るように、
「ありがとう」と言ってくれました。
その言葉は、今でも鮮明に心に残っています。
そして、もう一つ、忘れられない光景があります。
母が、姉の名前を何度も大きな声で呼んでいました。
会話の内容は覚えていません。
けれど、母が姉の名前を呼び続けていたことだけは、
今でもはっきり覚えています。
あの声には、祈りも、願いも、
どうか戻ってきてほしいという思いも、
きっとすべてが込められていたのだと思います。
あのとき、
姉と、家族と、同じ時間を共有できたこと。
言葉にならない気持ちを、ただ一緒に抱えられたこと。
それは、私にとって忘れることのできない、深い時間でした。
姉の葬儀には、200人を超える方が会葬に来てくださいました。
姉がどれだけ多くの人に支えられ、
大切にされてきたかを、改めて知ることになりました。
会葬に来てくださった方々から、
姉の人柄や思い出、
そして私たち家族への励ましの言葉を、たくさんいただきました。
悲しみの中にいながらも、
その一つひとつの言葉に触れるたびに、
人の温かさを、静かに受け取る時間でもありました。
悲しみが消えたわけではありません。
正直に言えば、
もっと会いに行っていればよかった、
もっと話をしておけばよかった。
そんな思いは、今でも心の中にあります。
それでも、
最期の時間があり、
そして多くの方に見送っていただいたあの時間があったからこそ、
私は「ちゃんと別れをした」と思えています。
だから私は、こう思うようになりました。
お葬式は、亡くなった人のためだけのものでも、
遺された家族のためだけのものでもない。
大切な人を想い、
呼びかけ、
感謝し、
後悔も含めた気持ちを、そっと置いていくための時間。
そして同時に、
その人がどれだけ多くの人とつながり、
愛されていたのかを知る時間でもある。
悲しみを消すことはできなくても、
悲しみと共に生きていく準備をすることはできる。
お葬式とは、そのための「時間」なのだと、私は思っています。
姉との最期の時間が、
今の私の原点です。
だから私は、
一つひとつのお葬式を、
「何をするか」ではなく、
「どんな時間を過ごせるか」という視点で、
これからも向き合っていきたいと思っています。


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